復讐へと駆り立てられる父親と刑事

犯罪者に対する憎しみは果てしないものだ、それこそ理不尽な理由で自分の家族が殺された、あるいは何らかの被害を受けただけで激昂するでしょう。ここ数年、日本国内では老若男女に関わらず殺人事件が発生している。それは精神的に追い詰められた果てに待っている逃走手段として選んでしまった件もあれば、ただただ人が死ぬ瞬間を見てみたい、あるいは人体を解剖してみたいから殺した、などという猟奇的な案件まで存在している。中でも個人的に鮮烈なほど脳に記録されている事件といえば、16歳の女子高校生が同級生の少女を殺害・解体した事件でしょう。

被害者となった少女と何らかの怨恨があったわけではない、加害者である少女はただただ己が欲望を果たすために眼の前の人間の首を引き裂き、そして自らの手で肉を引き裂き、四肢をバラバラにしていったという。変わり果てた、などと生易しい表現では語れない、もはや人とは呼べない肉の塊となってしまった愛娘の姿を見た時、両親の慟哭は底知れない。何もなかった、ただ運がなかったというだけでは済まされない話であり、そして忘れてはならないレベルの事件だ。こうした犯人は基本サイコパスなどとも呼ばれていますが、このレベルになると殺人ではなく殺戮を行っているといった方が適切かもしれません。

理由があった、同情するだけの余地があるという心を駆り立てられる部分があれば人の心は動かせます。ですが上記のような何も理由なく、ただただすれ違ったというだけで人殺しをした犯人に対する遺族の怒り・憎しみ・そして復讐という感情が浮かび上がってもおかしくはない。そんな被害者の中には実際、犯人を襲撃して復讐する行動に出る人がいたとしてもおかしくない。そんな映画作品があることをご存知だろうか。2013年に制作された『オオカミは嘘をつく』、作中で繰り広げられる犯人へ行う行動は、正義といえるのか、それとも悪と呼べるか、中々判断の付かない作品となっている。

物語概要

まずは簡単に作品に関する情報として知っておいてもらいたいのが、少女が暴行され殺害する事件が発生し、無事を祈っていた父親は娘の変わり果てた姿を見て嘆いた。そんな中で犯人と思われる男性が浮かび上がった、それは誰がどう見ても犯罪を起こすようには見えない気弱そうで真面目な教師だった。しかし疑惑の目が向けられるだけで犯人だという立証をする事もできず、時間はただただ過ぎていくだけだと思われていた。

それは前触れもなく起きたわけではない、沸々と犯人に対する憎しみが心中を満たしていき、溢れでたコップからこぼれ落ちた水のように、父親を狂気という復讐衝動へと走らせる。それは事件の捜査に納得できず、不正に活動していた刑事をも巻き込んでいき、証拠も何もない犯人と思われた男性を拉致・監禁、そして拷問を行っていく。

ここからあらすじを紹介していきますが、ネタバレとまではいかない。正直苛烈というには表現がぬるく、悪業という表現を超えた、人間が持てる最大の狂気が劇中で繰り返されているので、苦手な人は本当に受け付けられない作品となっているので、ご注意ください。

あらすじ

ある日のこと、廃墟となった小屋で遊んでいた三人の少女がいた。その中の1人、ミカはかくれんぼをしている最中に突如として靴を片方だけ残して姿を消してしまいます。誘拐事件として捜査が行われ、犯人と思われる教師ドロールを逮捕したのは暴力刑事として有名なミッキ。事件の責任者としてドロールを現場へと連れて行き、暴行を加えて自白させようとしますが、嫌疑が掛けられないまま釈放されてしまいます。また暴行の様子を目撃者に撮影されており、動画サイトにアップしたことで停職処分となってしまう。

しかしこれは表向きで、停職に託けて独自に調べるようにとの意味合いが込められていたのです。そんな中、ミカの父親であるギディと接触して捜査をして行っている時に、匿名の電話で行方不明となった少女の居場所を教えると連絡が入った。指定された現場へ赴いてみると、そこには無残にも首を切り落とされて暴行された娘だったものがあったのです。父親は呆然とし、必死に首を探しますが見つかるはずもなく、ミッキは益々ドロールを犯人と思い込むようになる。

そしてミッキは、犬の散歩をしていたドロールをスタンガンで気絶させて拉致し、彼を夜更けの墓地へと連れて自白させようと暴行する。一貫してやっていないと訴えるドロールに苛ついていたミッキだったが、突如として2人は後ろから第三者に強撃を受けてしまう。意識を取り戻してみれば、そこは見覚えのない地下室であり、ドロールとミッキ、共に拘束されていた。そこへ現れたのはミカの父親であるギディで、彼もまたドロールを犯人だと思い込んでいた。

必死に犯人ではないと訴えるドロールだったが、父親の耳には届いておらず、ギディの目は娘を殺した悪魔をただただ見つめているだけだった。様子がおかしい、ミッキとドロールの2人がそれに気づくまでに時間は掛からなかった。ミッキは刑事ということですぐ解放されて、ここから2人の大人の、狂気という悪魔に囚われた人ならざるものへと変化していく。

キーワードとして

ネタバレというのを基本するつもりはない、というのもネタバレをするとなったら描写がもうメーターを振りきって表には出せない内容になってしまうからだ。ただ1つ言えることがあるとするなら、このストーリーが展開されていく中で、鍵となってくるのが『首』です。物騒極まりないですが、本当にそうだからしょうがない。

なぜ首かというと、殺されたミカが首のない死体として発見されたことで父親のギディは娘の頭部は何処にあるかを探すことになるからだ。そのためにドロールを拘束して監禁し、自白させるためにありとあらゆる方法を用いていく。自分の娘の首を求める理由も分からなくもない、ですがどうしてそこまで固執しなければならなかったのかを紐解いていくと、ギディが『ユダヤ人』であることに関係しているのです。ユダヤ教において、死者は審判の日に復活するものだと考えられており、その際には五体満足なければならないと考えられているからだ。いつか娘は生き返る、しかし頭部が復活できません。敬虔な信者であればバラバラ死体にされてしまった家族の身体を必死に求めたとしても、何らおかしいことはない、ギディもその1人だった。

物語の狂気性

序盤の展開だけ見てもその内容はどうしようもないくらい、直視するのも辛いものとなっている。グロテスクな表現が苦手な人には全く勧められない作品となっているので、心構えが必要です。またこういう映画は大好きだと、悪人は徹底的に虐げられるべきだと考えている人にすれば爽快と感じるのかもしれない。しかしこの作品の恐ろしさは、序盤ではなく中盤から終焉に向けての内容が一番のピークとなっている。

そこにあるのは、人間が狂気という魔性に囚われれば何をしたとしても構わないとする考えに至り、どんなことをしても良いと思ってしまう恐ろしさが込められていた。それは行き過ぎた捜査をしていたミッキが、ここまでする必要はないと思うほどにだ。復讐の鬼と化し、ユダヤ教信者である父親ギディがもたらす恐怖は始まったばかりだった。

映画から見る、超軍事国家イスラエルの狂気性を考察

オオカミは嘘をつく、という映画作品をご存知だろうか。実の娘を殺された父親の怒りが犯人と思しき人間へと向ける狂気が、これでもかと表現されている内容だ。この映画は中東でも過激な国情を持つ『イスラエル』国内で制作された作品となっている。映画から見るイスラエルという国の事情、かつて聖地も存在していたはずの国で何が起きているのかを、このサイトで独自考察していく。

衝撃のドキュメンタリー